○● ナツメロ ●○
ズリズリズリ。
例えて表すのならそんな感じの音をたてて、私は自転車を押す、押す、押す。
適当に拭った額の汗が、ハンドルを握る手の甲でキラリと輝いた。
蝉の鳴き声は相変わらずうるさいし、降り注ぐ日の光もやっぱり暑苦しく纏わりついてはいるけれど。
自転車をこぐ元気も出ないほど、たくさん疲れていた。
毎日おんなじような日が続いていても、時間はちゃんと過ぎているのだね。
チクショウ。
これが自分の心の声だなんて、信じたくはないけれど、洩れる溜息も肩の重みも、沈んだ気分も本物だ。
空を見上げれば、痛いくらいの青空が広がっていて、白い太陽が私の目を焼いた。
痛い痛い痛い。
自分が痛い。
なぜだか隣を歩くのは、この辺りでは珍しい野良猫だ。
私は足元でひょこひょこ揺れるシマの尻尾を眺めながら、再びささやかな溜息を吐いた。
のぺっと身体に張り付くTシャツの襟を、指で摘んで引き離す。
ついでにパタパタ煽いだら、生温かい風が入り込んできて、気持ち悪かった。
「ばーぁか・・・」
胸の内の汚いものが、ついつい口から零れたのにも、しばらく気付かなかった。
目を細めて空を見上げながら、ゆらゆら左右に揺れながら、自転車を押す。
もともと軽いとは思ってなかったけれど、一歩一歩踏み出すたびに、自分は関取だったかしらと疑うような重みが、足の裏に取り付いていた。
うーん、いよいよマズイ。
更に息を吐き出すために温い空気を吸い込んだのと、茶色のシマ野良が、突然駆け出して近くの茂みに突っ込んだのは、ほぼ同時だった。
「え」
驚いて、吸った空気をそのまま飲み込む。
遥かな背後から聞こえてきた、チリンチリンと、懐かしい、優しい音。
振り向いた。
チリンチリンチリン
みるみる大きくなる人影。
ひまわり色の自転車に乗った、人影。
曲げられた補助輪が、時々地面について、ジャリジャリと大きな音で鳴く。
小さな花のついたヘアゴムで飾られたツインテールが、揺れに合わせて、煽られながらもピョコピョコ跳ねた。
若葉色のワンピースを着た、女の子。
そのひまわり色の自転車のハンドルには、なぜか小さめの風鈴が吊るされていて、補助輪の音に負けないように、必死に揺れているのが、見える。
若葉の少女は、キラキラ輝く瞳でこっちを見ながら、おでこに張り付く前髪には見向きもせずにぐんぐん加速している。
――風が、通り過ぎた。
たった一瞬だって、そのキラキラの瞳と私の瞳がかち合うことはなかったけれど。
ひまわりと若葉は、みるみる小さくなって、やがて下り坂の向こうに消えた。
チリンチリンチリン
風が、懐かしい音を残して、いった。
誰もいない静かな細道で、私は自転車カゴに入れてあったバッグの安定を確かめる。
揺られて、振り落とされないように。
【完】
こんばんは。夢藤ですv
なんと小説、二ヶ月ぶりの更新です。
に、に、に、二ヶ月ーーーー!!?
私自身びっくりしました。まさか、こんなに、サボってた、なんて!!
本当に、楽しみにしていてくださった方には申し訳ない気持ちでいっぱいです。
長期の休みのおかげか、スランプはいつのまにか脱していたようです。
これからは、MIDIと同じ割合で更新できるように頑張りたいです。「君と私」シリーズも、私が高校生である間しか書けないような気がするので・・・
などと言っておきながら、今回『君』出てないですよね。
必ず毎度出るわけじゃないのです。私だって、毎日『君』と会ってるわけじゃないですし。
ただ、妙に鮮烈だった女の子を、今回は描かせていただきました。
ありがとう、名前も知らない子!(笑)
今までの話では、『君』と『私』以外の人物が大きく取り上げられることはなかったのですが(わざとなんですけどね)、このくらいまでなら、出ても良いかなぁ、と。
ちなみに、タイトルの『ナツメロ』は、『懐メロ』であり『夏メロ』でもあります。
夏の終わりの、ちょっと切ない、でもほんのり甘いメロディー、みたいな。
もうすぐ八月も終わりですね、元気出して、頑張りましょう!!
それでは、遅くなってしまい、本当に申し訳ありませんでした;
また次回でお会いいたしましょう。夢藤でした!
2006/08/27
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