○●マーメイズ・ストーリー●○ 深い深い海の底。 見上げた天井は高く高く。 発した声は、海の外には、届かない。 「はぁー・・・・・・」 私はなんとなく、溜息を吐いた。 一人ぼっちの溜息。空しい。 穏やかな午後の空の下。 天気は、快晴。 吹き抜ける優しい風に流されるように、歩いてみる。 「はぁー・・・・・・」 なんだか最近、いろいろ考えている。 そしたらなんだかもう、溜息しか出てこない。 「もし、そこの方。ちょっとよろしいかしら」 お澄まし、というような生易しいもんじゃない。 この時代には絶対に聞くはずのない台詞が気持ちの悪いほど高い声で、投げかけられた。 「・・・・・・気持ちの悪い真似は、やめていただけますかね」 「うわお、辛辣!魂抜けたみたいな顔して歩いてたくせに」 どっちが辛辣ですか。 「・・・・・・んで、なんですか」 「まあ、なんでもないけど」 「なんでもないのかよ」 意味わからないのは君の得意技だけど。あ、私もか。 「そっちこそ、なんですか」 「なにが」 君も一緒に歩き出す。 別に当てはないんだけどね。 「なんで魂抜けてたんですか」 久しぶりの暖気に呆けたような顔をしながら、君はそう尋ねてきた。 見つけたベンチに勝手に腰掛けたから、私も隣に座る。 「・・・・・・」 私はなんとなく黙っていた。 つくづく意味わからない人間だと自分でも自覚してるんだ。 「・・・・・・ああ、いい天気だ」 私が答えずにいると、君はベンチの背もたれに首を預けて、眩しそうに目を細めた。 風が、君の前髪を撫でて通り過ぎる。 光を受けて茶色に輝く君の髪を、黙って見つめていた。 緩やかな揺れ、流れ。 それがとっても優しかったんだ。 「・・・・・・」 「・・・・・・そんで?」 「え」 とてもゆっくり流れる世界は、私の思考も鈍らせるみたい。 だって、仕方ない。 見上げた空に、流れる雲がないんだから。 それはまるで、広い広い海のよう。 「何考えてたの」 「あー・・・・・・うん」 細めていた目がこちらに向けられる。 茶色の瞳が、私を映す。 「人魚について、考えてたんだけど」 「はあ?」 君が、素っ頓狂な声を出した。 ちょっと、いい気分になった。 「なぜにいきなり人魚」 「最近マイブーム。人魚の本読んだんだよね。怪談の」 「げ、そっちですか」 人魚食べれば不老不死になれるっていう、あれを読みました。 「まあ、なんていうのかね。人魚も可哀想だよね」 君が言った。 微笑みながら、空を見上げる。 青い空はどこまでも澄んでいた。空しいほどに。 「最期は泡になっちゃうんだよね、確か」 君の声に、小さく頷く。 人魚は、最期まで憧れしか知らなかったんだ。 まるで空っぽ。 雲ひとつ、飛行機ひとつ、何も飛んでない空のよう。 「報われない恋ですねー、悲恋ですねー」 己の身を滅ぼしても、救いたい誰か。 王子さまに恋した人魚は、それでも幸せだったんだと思った。 「王子め。人魚姫にそこまで思われてることも知らずにのこのこ別の姫と結婚するなんてほんと・・・・・・て、思わない?」 「まあ・・・・・・そりゃ仕方ないんじゃないの。人魚姫もそれを望んで死んだんだから」 「ほんとに望んでるわけないじゃん」 君の声は、言ってる内容のわりにはなんだかあっけらかんとしていて。 ああ、いつだって君はこんな感じ。 「ほんとは、人間になって王子さまと結婚したかったに決まってるさー」 まあ、そうなんだけれども。 「だから、幸せじゃないな。人魚さんは」 「言い切りますか」 じゃあ、どうすれば良かったというのか。 王子さまもその婚約者も殺して、また冷たい海に還ればよかったのか。 「でも、どうしようもない」 「なんで王子さまたち殺さなきゃいけないの。そんなの神だか魔女だか知らないけど、そいつの横暴じゃん」 思わず口があいた。 私の目からビームが出てたら、きっと君の額は蜂の巣だったと思うよ。 「そいつやっつけた方が全て丸く納まるんじゃないの」 「・・・・・・やっつけらんないよ。神だもん」 「そんなのわかんないじゃん。もしかしたら人魚、神より強いかもしんないじゃん」 なんだか楽しそうに、君は空を見上げている。 暖かい日差しが、君をキラキラと包み込んでいた。 自分ならそうする、と言った君に思わず感動した。 「かっこいーこと言うね」 「まあね。人魚よりはかっこいいよ」 ああ、なんだかいい気分だ。 穏やかな午後の空の下。 天気は快晴。 気分は上々。 広がる青い空を、音もなく飛行機が泳いでいった。 【完】 〜あとがき〜こんにちは、夢藤です。今回の作品は初めてのキリ番作品です。 3100ヒット、アゲハ様リクエスト誠にありがとうございました。 リクエストということもあって、いつもより緊張して取り組んだのですが・・・お題『人魚』、大丈夫だったでしょうか? アゲハさんのおかげで、普段はあまり考えることのない人魚さんについて、いろいろと想いを馳せることができました。 童話は遥か昔読んだ記憶だけなので、もう一度読み直してみました(怪談人魚なら最近読みました/笑) 愛する人の為に、自らの身の消滅を願った人魚姫。 そして、小説自体では何も書きませんでしたが、己の髪を売ってまで可愛い妹の帰りを望んだお姉さんたちの気持ち・・・ うーむ、童話ってけっこう残酷ですよね。 ともあれアゲハさん、一応書いてみました、人魚! お題に沿って書くというのはなかなか難しく、苦戦しましたが、いい勉強になったと思います。本当にありがとうございました。 そして、ここまで読んでくださった方々も、ありがとうございました。 なんだかんだ、ひらり夢虫は開設から一年が過ぎました。これも、暖かく見守ってくださる皆様方のおかげです。 なぜか小説のあとがきに、そんな感謝の気持ちを込めさせていただきます(笑) 皆様、本当にありがとうございました! 2006/02/05 |