○● ペンギンとヒコウキ ●○
風に揺られるままに、ハンドルの重さのままに。
ゆらりゆらりとやる気なく自転車をこいでいた私の隣を、勢い良くシルバーの自転車が駆け抜ける。
この寒い日に、元気の良いこと。
少々小さくなった君が、急ブレーキの後にふり返る。
「遅い」
「速い」
相変わらずゆらゆらと、なるべく風を感じないように縮こまりながら、私は前へと進んだ。
君がサドルに跨ったまま、ペンギンのようにペタペタと足をつけてバックしてくる。
日がのびてきたように感じるが、それでも夕方遅くになれば、辺りは静かな薄闇に包まれてしまう。
そんな中、ペッタンペッタンと滑稽な姿で自転車に乗る君の姿を、夕焼け色の街灯がスポットライトのように浮かび上がらせていた。
やっと同じ倍率。
それを確認し、私は思わず息を吐く。
久々の白が、名残惜しむかのようにゆっくり広がって、溶けていった。
「寒いなら動かなきゃ駄目じゃんか」
「だからってわざわざ自転車に乗らなくてもいいじゃんか」
不満そうに言いながらも私に合わせてペンギン走法を開始する君に、更なる不満声でそう返した。
これ以上スピードを出したら、ピュウピュウ言ってる風が頬やら脚やら、服に防護されていない部分を容赦なく叩いていくから、絶対に走ってなんかやらない。
合わせてくれる君に、とりあえず感謝をしようか。
「よくこんな寒いのに、そんな元気でいられるね」
なんだか悔しくなって、私はそう君にぶつけてみた。
君はつまらなそうに両ハンドルに肘を置きながら、相変わらずペタペタと地面を蹴っている。
もう一度大きな白を寒空へ向けて吐き出した。一機の飛行機が機種が読めるくらいに近い空を飛んでいるのが見える。
あっちはもっと寒そうだ。
「寒い時は元気だした方が元気になるって知らないの?」
「何じゃそら」
ひやりと痛い頬を、右手で擦る。
右手と右頬で、少ない熱の奪い合い。全く温まる気がしない。それどころか、下手に動かしてしまった右手の指先が、頬の冷たさにキシキシと悲鳴をあげた。痛い。
「・・・グー出して」
君が私に向けて唐突に左手を差し出した。手本だとでも言うように、力強く拳を作る。
「えー・・・やだ」
寒すぎてよくわからないが、なんだか冷たいのでズズ、と鼻を啜ってみる。
君の目が私の顔から剥がれないのを悟ると、私は観念して力の出ない右手をわずかに握って、差し出した。
わずかに開く指の隙間を、風が容赦なく攻め立てる。
それを遮るかのように、君の両手が私のへろへろの拳ごと握り込む。
手の中の冷気が君の手へと逃げていくのがわかった。
じんわりと、温かくなってくる。
いつのまにか、自転車によるのろのろとした歩みはなくなっていたけれど。
「力を入れるとね、無敵になるよ」
「は?」
また君は、意味のわからないことを言って。
私の右手を、君が両手で強く握り込む。
温まってきた私の手にも、自然と力が入ってくる。
「そのまま、力入れててよ」
君の言葉に、よくわからないが頷いておく。
そろそろと、君の手が離される。
「冷た」
ひやりと風が右手を撫でて、通り過ぎる。
しかし、力のこもった手の中までは攻撃できなかったようで、先程までよりは幾分か楽だった。
「全身力入れてれば、ほんとに無敵になれるよ」
「マジですか」
爪が食い込むくらい力を入れた右手は、やがて風を受け付けなくなった。
これはちょっと凄い。
「マジだ・・・」
ちょっとびっくりしながら、でも力を入れたまま。
ポロリと呟くだけだったつもりだったけど、余計な力のせいで掠れたような、しわがれたような声になってしまった。
君はそんな私を一通り笑いものにした後、大きく息を吸い込んだ。
「よし、とっとと進みませう!」
「へい!」
君につられて元気良く答えながら、私はハンドルを握りなおす。ペダルの感触をスニーカーの裏に確かめる。
「飛行機になんか負けんな!」
「へい!」
この際、もうちょっと付き合ってあげようか。
いつの間にか君も見ていた、空を行く小さな飛行機。
遠いような近いような場所を、一見ゆっくりと飛び続ける。
それを追い越そうと私たちは必死に走る。
力を入れているのか、いないのか。
必死すぎてよくわからなかったけれど。
吹き付けてくる風が私を阻もうとしているような、そんな感じはしなかった。
まずは、追い付こう。
とりあえず、前を行く君の、スポットライトに照らされた背中に目をやり。
私は小さく微笑んだ。ような気がした。
【完】
こんばんは。夢藤ですv
書いていたのは卒業前だったのですが、公開はこんなに遅くなってしまいました;
数ヶ月ぶりの小説更新でございます。お待たせしてしまった方、申し訳ありません。。
最近は春の訪れも感じる、寒いような温かいような、よくわからない気候が続きますね(笑)
体調を崩しやすい季節ですので、気をつけましょうね!
それはそうと。寒い日に自転車に乗るのって地獄ですよね;
特に夜に独りでとか、ありえない寒さです!
そんな中、「君」がいるだけで、同じ状況でもだいぶ寒さが違うということにふと気がついて、今回の話を書かせていただきました。
今までのものとはまた、一味違った感じになっているような気がします・・・
これから先、小説の更新をするとしたらこんな雰囲気のものが多くなるかと思います。
まあ、個人的に微妙な雰囲気の違いを感じているだけなので、読んでくださる方が違和感がなければそれでOKなのですがね。
ではではでは!小説の更新はなかなか上手くいかない状況にありますが、これからもちまちま頑張ることにいたしましたので、できればよろしくお願いいたしますね。
夢藤でした☆
2007/03/15
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