□■空と風と君と私■□

 快晴ってキライだ。真っ青に澄んだ空を見上げて、私は眉をひそめた。

 さあっと風が流れていく。私は煽られてうねる髪を、右手でしっかり押さえつけた。
 それと同時に下から集団の掛け声を聞く。グラウンドのトラックをぐるぐると走っている野球部員たちだ。

 雲ひとつない空、吹き抜ける風、泥だらけの野球部員。まるで出来損ないの青春ドラマを見ているよう。
 私は自嘲めいた笑いをもらした。


 空が痛い。
 雲のない空はどこか不自然。
 爪先を見た。そこからコンクリートにのびたもう一人の私が、私を見つめている。

「あ」
 私は声をあげた。踵のつぶれた、緑のラインの上靴が、もう一人の私の右肩辺りを踏み付けたからだ。

「なにするの」
 それでもその上靴を覆うようにして姿を保ったもう一人の私を見つめながら、私は不機嫌に言った。
「なにが」
 君が不思議そうに返してきた。上靴のむこうのもう一人の君が、首を傾げる。
「いいよ、もう」
 私は顔も上げずに呟いたが、君は納得できないのか、首を傾げたままだった。


 やがて私の視界から君が消えた。代わりに隣に君の気配を感じる。
 証拠に、やる気なさげに立ち尽くすもう一人の私の隣に、もう一人の君が立っていた。

「あ、見てあれ。飛行機」
 そう君が言って、もう一人の君から手が伸びた。どうやら空を指さしているようだ。私はつられて顔を上げた。

 やはり空は痛い。

「別にいいじゃん。飛行機ぐらい飛んでたって」

 わざわざ指摘するようなことじゃないよね。
私はまた爪先に目を落とそうとした。

「飛行機雲」

 しかし、ぽつりと呟かれた君の言葉に、私は再び顔を上げた。

 先と変わらず、どこまでも青い空の海にぽっかりと飛行機が穴をあけている。
 ゆっくりと進んでいくそれは、尾を引くように白い雲を描いて流れていく。
 私は黙ったまま、ぼけっとその光景を眺めていた。

「なんか」

 やがて君は呟いた。

「なんか、消しゴムみたい」

 一面の青空に一筋の白い雲。
 それはなんだか鉛筆の文字でびっしりと埋められたノートを消しゴムで消していく日常のワンシーンを君に連想させたんだろう。
 私は空から目を離し、隣に立つ君を見た。
 横顔だけの君は、空を見上げたまま少しだけ微笑んでいる。
 風が吹いた。私はまた、髪の毛を押さえつけた。
 君は揺られる髪を気にもせずに、空の消しゴムを眺めている。

「消えていく」

 君は目を細めた。眉が下がっていく。

「風は雲の消しゴムなのかな」

 ぽつりと洩れた君の言葉に、私は笑った。
「ヘンなヤツ」
「失礼だナァ」
 君はようやく空から目を落とし、私を見ると唇を尖らせた。
 私はもう一度笑うと、くるりと向きを変えて歩き出した。もう一人の私が慌てもせずについてくる。

「待ってよ」
 君が慌てて追いかけてきた。

 澄んだ空、掠れ雲を残す飛行機、髪を揺らす風、君と私。まるで出来損ないの青春ドラマのよう。

「ヘンなの、私」
 楽しそうに空を指さして話しかけてくる君を振り返り、私は誰にも聞こえないくらい小さな声で一人、呟いた。

【 完 】


  【あとがき】
 待望の第二弾です。(待ってない)
 これからは頑張ってどんどん小説書いていくつもり・・・なのですが、そろそろ学年末テストが始まるから、またゆっくり更新になってしまうかもです(涙
 今回の作品はいかがだったでしょうか?この小説を基にしてつくった詩が詩の置き場にありますので、暇さえあればこちらから見てみてやってください。
 この小説のテーマは「何気無い日常のちょっとした幸せ」です。私はこういったテーマが大好きなんですね〜。これからこんなのが増えていくかもです。
 感想お待ちしております。こんな作品でも読んでくれている人がいるというだけでやる気急上昇ですから!!(笑
 それでは、本日はこの辺で。読んでくださってありがとうございました。夢藤でした。

 2005/2/20