□■過ぎて、また過ぎて■□


 甲高い声をあげて走り抜けていく風を感じて、過ぎて往く夏を想った。

「寒い」
 無意識に口からこぼれた小さな声に、君が振り向いた。
 君の手は両ポケットに突っ込まれていたから、風に吹かれる髪の毛は押さえることもできずに大きく煽られている。

「駄目だね、まだまだ。寒さなんかに負けてるようじゃ、戦の時にどうするんだ」
 にやりと笑う口元に、私はわざと盛大な溜息を吐いた。
「なに、戦って・・・・・・」

 そういうことは、ポケットの中の手を出してから言いなさい。
 そう言ってやろうかと思ったけど、再び吹いた冷たい風が口の中に入り込んできて、思わず口を閉ざした。


 コンクリートの道を二人並んで歩きながら、冷たい風を嘆いてみる。
「あーぁ、寒い」
 か細い声が、木々や、髪や、シャツの長い袖口を揺らす。

「だって、もう秋だもん」
 隣を歩く君が、風から口元を隠すように首を縮めた。

「つい最近までは汗が出るほど暑かったのに」
 私は眉を寄せながら呟き、辺りを見回してみる。
 突然の秋に対応しきれない木々は、まだ青々とした葉を茂らせていて。
 冷たい風に晒されてざわざわと軋むその姿はとても寒そうだ。


「秋は、キライ?」


 風に混じって、君の声。
 もう何度も歩いているこのコンクリートの道の上を歩きながら、君が柔らかく笑ってる。


 秋は、キライじゃない。
 キレイだもんね。
 でも。



「寒いんだよ」



 通り過ぎて往った夏が眩しすぎて。

 あの澄んだ青空に浮かぶ白い雲とか。
 その中を線を描きながら進むちっちゃい飛行機とか。
 セミのうるさい鳴き声とか、二、三本で束にした線香花火の弾ける音とか。

 肌に感じない夏が、今はこんなに寂しいよ。




 ヒュウ―――。

 風が吹いて。
「うわ」
 君が髪を両手で押さえた。


「涼しいの間違いだよ」
 風が止んで、行き場を失った君の両手は、背後で組まれた。

「私は、寒いの」
 そう告げると、私は両手をポケットに突っ込んだ。
 あ、あったかい。指先がじわっとした。


「そんなこと言ったって、秋は来ちゃうんだよ」

 君が、唇をとがらせてぼそりと言った。
「・・・・・・まあね」

 いくら来るなって言ったって。早く来いって言ったって。
 このおっきいおっきい地球の中で、私というのはこんなにちっちゃい人間だから。

「でしょ」
 私の答えに、君は満足そうに笑った。



 歩き慣れたコンクリの上を進む二人分の足音。
 君と私の前を行く二つの影。
 君の声。


「あーぁ、寒いわホント・・・・・・」
 盛大に息を吐き出しながら大きく振った私の両手を、涼しい風が撫でる。

「家に帰ったら読書でもしようかなあ。秋だし」
「勉強じゃないんだ」
 茶化すように言った君に、不敵な笑みを返す。
「そっちこそ。どうせ読書すらしないんでしょ」
「漫画だって立派な書籍ですから」
 フフン、と偉そうに言ったけど、後で小さく「多分」と付け加えたのがなんだかとてもおかしくて。

 声をあげて笑ったら、君も一緒に笑った。


 ふと顔を上げる。
 涼しい風に流される白い掠れ雲の向こうで。
 意外に澄んでいた秋空が静かに、広がっていた。


【完】  

   あとがき
 こんにちは、夢藤です。MIDIに続き、小説の方もやっと久々の更新です。
 少し顔を出さないうちに秋の色が強くなってきました。
 寒さが苦手な私にとっては、本文で語るとおり、夏が恋しくて仕方ないです。
 でも、なんだかんだ言っても来ちゃうもんは来ちゃうし、過ぎちゃうもんは過ぎちゃうんですよね。
 だから、もうちょっと待ちます。
 夏だって、絶対来るんですものねv

 でも、秋とは言いましても地球温暖化の影響でしょうが、まだまだ暑い日がありますね。
 身体を壊しやすい環境です。皆様、お気をつけください。
 それでは、また次回作で会いましょう。
 夢藤でした。。

2005/10/02