○● 月の雫は冷たすぎて ●○
「なにやってんの」
最初から呆れた様子で、君の背中に声を掛けた。
「気持ちいいからさ・・・冷たくて。つい」
曇りガラスに右頬を当てる君は、私に背を向けたまま、気の抜けた声で答えてくる。
「これは冷たすぎでしょ」
指先で触れた窓ガラスから、じーんとした寒気が伝わってきて、私は身震いした。
しかしそのままつぅ、と指を下に滑らせると、浮かび上がる細い線の向こうに、紫色のトワイライトが鮮やかに広がった。
「ヤバ。感覚なくなった」
指を離せば水滴がついていて、それはとても冷たそうだった。
君が振り向いた。右頬が赤く、濡れて輝いている。
「ミートゥー」
そう言って笑った君は、右頬をセーターの袖で拭った。
「ほっぺ真っ赤だよ」
「うそ、やられた・・・」
自業自得でしょ。
そう思ったけど、君が窓の外を眺めていたから口を開けなかった。
見れば、君の頬の跡は曇りガラスにぽっかりと丸い透明な穴をあけていた。
小さな丸の中に閉じ込められた静かな空は、とてもきれいだと思った。
「あーあ、最近すっかり日落ちが早くなったね」
君が、小さな窓に顔を寄せて外を眺めながら呟くと、窓はまた白く靄がかかったように見えなくなってしまった。
「冬だからね」
私はそう返すと、今度は手のひら全体で曇りガラスを撫でた。
濃紺の空。黒い木々のシルエット。きれいに浮き上がる、少し太った三日月。
私の手が、世界をつくる。
突然、横から君の手のひらが伸びてきて、私の作った曲線状の世界を広げた。
明ける視界、広がる世界。
「冷たぁー・・・・・・」
君はそう呟くと、てっぺんの辺りを残して完全に拓けた世界を見つめ、やがて振り返る。
そして私と目が合うと、君はにやっと笑うんだ。
「ひっ」
思わず飛び出た変な悲鳴。
くすくすと笑う君。
冷たい手。
両頬の熱が君の両手に逃げていくのがわかった。
しばらく無言で立ちつくしたまま、君を見つめた。
君は目の前でにこにこ笑ってる。
「・・・・・・冷たいんですけど」
「あったかいよ」
君は、ね。
呟いた文句は苦もなく笑顔に掻き消されてしまったから。
だから私も、手を伸ばした。
ついさっきは濡れていた君の頬。
かじかんだ手のひらにじんわりと優しかった。
「・・・・・・冷たい」
「仕返しだもん」
文句を言う君ににやにや笑いで返してやった。
そして私たちは、両手で互いの頬を挟み合った奇妙な体勢のまま、笑い合う。
窓越しに見える、少し太った三日月からこぼれた雫が、ガラスを伝ってゆっくりと、落ちていった。
【完】
あとがき
こんにちは、夢藤です。
最近はMIDIが全然作れないので、NOVELの更新ばかりで申し訳ないです;
と言っても、文章も相変わらずスランプ継続中なんですけどね;;
さて、今回の作品では冷たさと暖かさ、、相反するふたつを同時に並べて進行させてみました。
いかがでしょうか。。
最近は一日が短くて寂しいです。自然と小説も夜の話ばかりになってしまいます(汗)
爽やかな朝の小説を書いてみたい!!(あ、朝は私が爽やかじゃないから駄目か;)
ちなみに、今回は初めてタイトルに迷いました。
あれこれ悩んで、結局最初に思いついた『月の雫は冷たすぎて』になったのですが・・・
月の雫とは、ここでは露の異称として使用しているつもりです。知らなかった方はそれを踏まえて先程の文章を思い返してみるとちょっとした発見がある・・・かも??
では、グダグダですみません、夢藤でした。。
2005/11/11